Home / インフォメーション / 【鏑木毅コラム全12回、其の8】『パタゴニアの疾風 ウルトラ・フィオルド』 ~ 中 編 ~

 

第8回トレイルランナー鏑木毅×GONTEXテーピング
コラム【全12回】
『パタゴニアの疾風 ウルトラ・フィオルド』 ~ 中 編 ~
鏑木 毅

南米大陸の最南端、そこは世界の果てとも形容される荒涼とした大地パタゴニアが存在します。南極大陸に近いだけに常に天候が荒れ、厳しい自然条件のなかで行われるこのレースは僕のキャリアの中でも最も危険な100マイルレースとなりました。今回はその中編に入ります。

深夜0時、満天の星空の中をレースはスタートしました。
これほどのロングレースなのに異常なハイペース。実力者が多いのか、それとも逆に命知らずなのか。キロ4分を切るペースに戸惑いながらも、第三集団ほどでとりあえず進みます。
どのレースもそうなのですが、100マイルレースではこのスタート15分~20分くらいの時間帯が戦略的に大切で、この時点で相手の走りの力強さや息遣い、フォームなどからレーズ終盤に最終的に誰がライバルになるのか見極めることがかなり大切な要素となります。
長年の嗅覚とでもいうのでしょうか、強い選手は走りを30秒ほど観察すればほぼその力量が計れるようになります。
ですから、例え大きく先行する選手がいたとしても、さほどの選手ではないと見極めれば無理につくことはありません、きっとどこかで捕らえることができると悠然と構えます。
この時に後から考えれば戦略的なミスを犯しました。一人フォームにズレがなく力感のある脚の蹴りだしをする気になる選手がいました。
5kmほど走ったところから、一気に引き離しにかかり、この時には、この選手につくべきかどうか迷いましたが、どうしても判断がつかずに敢えて追うことをしませんでしたが、勝負の綾は実はこの時にあったのでした。

パタゴニアの漆黒の闇の中、徐々にいつもの安定的な走りを取り戻し、5位ほどに順位を上げることができました。しかし、トレイルが不明瞭でわかりにく何度も確認のために立ち止まってしまいます。それもそのはずここは地の果てパタゴニア、普段はきっと誰一人辿る人などいないのでしょうから・・・。
時折森の中をガサガサと動く獣(一体、どんな動物なのでしょうか?)の音を聞きながら進みます。とにかく20mごとにあるマーキングテープから目を離さず進みます、何しろこれだけが頼りです。

50kmのレースの一大拠点、デルパイネのエイドが近づいいてきました。
この時に空の異変に初めて気付いたのです。ゴーッと嵐ように風がうねる音。
「やはりこの先天候は崩れる」咄嗟に判断しました。
とにかくこのエイドを過出てしまえば、次にサポートスタッフに出会えるのは50km先の100km地点。
何しろこの先は、これまでの道程とは比べ物にならないほどの危険地帯を行きますから、このエイドでの補給と装備替えはレースを左右する大切なポイントとなります。

距離を重ねるごとに従い体が軽くなり、このエイドの手前で2位に上がることができました。
エイドとなっているホテルのレストランに入り、まずはサポートの磯村さんが用意してくれた雑炊とみそ汁を大急ぎですすります。寒さの中走って来て、胃に沁みます。やはり日本食を食べると落ちつきますし、体に力が注入されます。
そして磯村さんから予想通り天候が荒れることを伝えられ、ここで背負う荷物は重くなりますが、用意した最悪のコンディションでも耐えられる防寒具をパックに詰めました。
実は勝負をかけるのであれば少しでも軽量化した方がいいに決まっていますが、ここはリスクは敢えて取らずに確実にゴールする選択肢をとりました。
結局この判断がこの先窮地を脱する大きな鍵となったのです。

私がエイドについてほどなくすると私が当初からマークしていたトップのトーマス・エルンスト選手(スイス)が補給を終えエイドを後にしました。
ここまでは比較的走れるトレイルで快調にレースを進めて来ました。
時間は午前5時。もうすぐ日の出です。次に磯村さんに会えるのは午後、あるいは夕方になるかもしれません。
この先にどんな困難な道のりなのか考えると、後ろ髪惹かれる思いですが、思いを断ち切りトーレスデルパイネのエイドを後にしました。

ここから標高差1000mを徐々に高度を上げてゆきま。
パタゴニアの未開の道なき道(踏み跡がほとんどない)を進みます。
得意な上りパートなのでここで一気にトップのトーマス選手との差を詰めたいと考え、ペースを少しずつ上げてゆきます。
山中はまだ漆黒の闇、早く朝になれと念じながらもなか朝が来ず重い気持ち。
それにしても空のうねりが異様な感じで、ゴーっと物凄い轟音が空全体を包みます。

高度を上げるに従い、寒さが厳しくなってきます。
途中で寒さが厳しくなりレインパンツを履き、グローブも厚手の防寒性の高いものに変え、ジャケットの中にダウンジャケットを着こみます。
長い上り区間が終わりを迎えるころ、ようやくあたりが明るくなりはじめたのです。

そして、山頂台地に辿りついた瞬間、まるで何かに押されるかのような突風にあおられ思わず2、3歩後退、まるでなにかの生き物に襲われたような感じです。
日本の冬山登山でも経験したことのない強烈な吹雪ゾーンに突入です。
最悪だったのは、おおよそ50mごとに立っているマーキングポールに雪が付着し、ポールを時折見失ってしまうのです。
もしこの吹き曝しの危険エリアで道を失たっら身を隠す場所も皆無ですし、誇張なく「死」しかありません。このことは長年の経験からすぐにわかります。
レースのためというよりは、生きて再び帰るために必死でルートを探しました。
防寒対策のウエアーなどは富士山などの国内の山域で十分な準備をしましたが
想定を越えるもので、低体温症にならないために一分でも早くこのエリアから逃げようと、一歩一歩に精神を集中させ辛くも樹林帯まで逃げこむことができたのでした。
2位を走る私でさえ、このようにギリギリの状態で通過したのですから、後続の選手たちはどうなってしまうのだろうと一瞬頭を過りました。
後でわかったことですが、レース後に最悪の事態を聞かされることとなりました。樹林帯に逃げ込み正直ホットしましたが、極度の緊張感のなか走ったこともあり、どっと眠気が襲ってきました。過ぐにカフェインが多量に入ったジェルを一気に胃に流し込みます。カフェイン入りのジェルは意識がはっきりするのですが、胃腸を壊すリスクもあるのでここぞという時に飲むようにしています。
後で思えばこの危険な山頂台地は雪が山肌を覆う本当に美しい山岳景観でしたが、この時にはもちろんそれを堪能する余裕などありません、後でテレビ映像でこんな美しい景色のなかを走っていたのだとつくづく感じたのです。

樹林帯のコースに入り、ホットしたのもつかの間、今度は泥田のような湿地帯の連続です。泥に足をとられうまく走れません。
しかし、日本から持参した特殊な防水ソックスがここでは大活躍し、水濡れからくる足冷えから守ってくれました。
あたりは氷点下ですから、水は震え上がるほどに冷たく、体温を急速に奪います。それにしてもこの泥田には辟易しました。埋もれた足を抜き、抜きしているうちに脚力がどんどん奪われてゆきます。
この50kmにも及ぶ未開の山岳地帯の最後にサプライズの美しい景色が待っていました。傾きかけた日差しに照らされたこれまで越えてきた山並みを一望できる小高い丘に辿りつきました。ここで初めて「景色を見るためだけに」足を止めたのです。今までレース中にこんなことんは一度もありませんでした。
プロトレイルランナーとして結果に拘り続けてきた私には初めての経験。
きっともう二度とこんな絶景を見ることはできないと思った時に初めて、レースを忘れ景色をみるためだけに立ち止まったのでした。

長大な山岳地帯をついに越えて、フィオルドの湾岸にある約100km地点の
エイドステイションに遂に辿りつくことができました。

ようやくサポートの磯村さんに出会い、開口一番「死ぬかと思ったよ」と。
前をゆくトーマス選手(スイス)とは約1時間の差になってしまったことを聞かされました。内心かなりショックでしたが、まだゴールまで40kmあまり、まだ何が起こるかわかりません。全身全霊を込めてエイドを後にしました。

~ 後編に続く ~

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写真:スタート直後からキロ4分を切る高速ペースで進む。時折こんな牧柵を越えたり、小川を渡ったりと、ワイルドなコース設定。
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写真:50km地点のデルパイネのエイドステイション。ここから先、天候が荒れることが知らされ、装備を雪山仕様に入れ替える。日本から持参した雑炊やみそ汁をしかりと胃に流し込み、ここからが最大の山場。
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写真:50kmから先、本格的な山岳地帯へ標高を一気に上げる。
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写真:コースはこんなワイルド。トレイルがなく、マーキングテープだけが頼り。
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写真:レースの難関、山頂台地。私が通過した時には風速25m以上の猛烈な吹雪のなかだった。
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写真:山頂台地を過ぎ、高度を下げ樹林帯のトレイルへ。
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写真:樹林他のトレイルでは何度も渡渉を繰り返す、氷点下のなか時には腰まで水に浸かることも。
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写真:約100km地点、苦しい樹林帯をついに脱出し、待望のフィオルドの湾岸にあるエイドステイションへ。

《ミニテーピング講座》
~ 脚版最強テーピング術 「鏑木バリ」について ~
今回は私がここ一番のロングレースの時に使用するテーピング術をご紹介します。ロングレースで最後まで苦しめるのは前腿の痛みではないえしょうか。
長時間に及ぶ下りで前腿にはエキセントリック筋収縮による激しい筋破壊から痛みが発生し、これをカバーするために太腿裏(ハムストリングス)、お尻も酷使され、やがてランニングフォームを維持できなくなる悪循環は頻繁に誰もが経験する負のループです。
この悪い流れを断ち切るとっておきのテーピングがこれです。
まず「ゴンテックス5番 膝ハッタリ 下り専用」を貼ります。このカットテープ単体の使用でも、かなりの効果がありますが、加えてロールテープを50~60cmほどを用意します。
ロールテープの中心部を膝のお皿の下部分からカットテープに重ねて、
膝の両端にある2つの靭帯に被せるようにほぼ伸ばさずに貼れば完成です。
2019年UTMBも最後までこのテープ術に助けられました。
この状況下、思うようなトレーニングを詰めていない方は短い距離のレースでもこのテーピング術が格段に脚を守ってくれます。

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写真:「ゴンテックス5番 膝ハッタリ 下り専用テープ」を説明書きに従い貼ります。
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写真:50~60cmほどのロールテープを膝のお皿下部分からスタートさせて、膝両側の靭帯に被せるように貼り上げてゆきます。
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写真:これが「鏑木バリ」。ここ一番のレースでは脚バテが全く異なってきますので是非とも試してください。

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今回の「ウルトラ・フィオルド」の挑戦ののストーリーは神の領域を走る(㈱NHKエンタープライズ)として映像化されています。
是非ご覧ください!

 
 
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