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2020年10月19日

第7回トレイルランナー鏑木毅×GONTEXテーピング 
コラム【全12回】

『パタゴニアの疾風 ウルトラ・フィオルド』 ~ 上 編 ~

鏑木 毅

2015年の晩秋、新幹線で移動中に携帯に一本の電話が入った。
携帯の表示にはアドベンチャーレーサーの田中正人さんとあり、
慌ててデッキに移動して電話をとると
「鏑木さん、パタゴニアで100マイルレースがあるけど興味ありますか?」
と。このレースの主催者が私に走って欲しいと田中さんを通して連絡があったとのこと。パタゴニアはアウトドアを志す人間であれば一度は訪れたい聖地のような存在。この地での自分が得意とする100マイルレースとあれば、これは迷う余地などありません、すぐにスケジュールを確認し「是非出場させて下さい!」と返事。
得てして冒険のはじまりはこんなやりとりからはじまるもので、どんな苦難が待っているのかも全く見当もつかず、いやこの時にはそんな不安は微塵もなく、どんな絶景が見れるのかワクワクする気持ちしかありませんでした。
このレースは「ウルトラ・フィオルド」というレースで、その名のとおり
氷河の浸食でできた湾と青く輝く氷河の美しい景観を楽しめるとのサイトでの紹介文があり、100マイルカテゴリーは今回で2回目、1回大会はアメリカの著名なトレイルランナーで2年前の2014ハードロック100で途中で鎬を削った、ジェフ・ブラウニーが24時間25分のタイムで優勝。
開催月は4月上旬ということで南半球では秋のシーズン、しかし緯度が高く
南極大陸に近いこの最果ての地パタゴニアは日本の冬山に匹敵するような寒さになることもあります。

今回のレースの鍵は「寒さ」。幸いこのレースのために日本でトレーニングを積む季節は冬季となるので、練習計画としてとにかく積雪のある冬山での走り込みに終始しました。このトレーニングはもちろん寒さ慣れする意図もありますが、寒冷地で対応できるようなジャケット、シューズ、グローブ、ハイドレーションなどなどの装備の選択と実際にトラブルなく使えるかどうかの確認の意味もありました。

実家のある群馬県の赤城山や伊豆半島のトレイル、そして厳冬期の富士山には何度も足を運び時には悪天候のなかリスクを冒して長時間、危険な山地帯で追い込み続けました。この時は思いもしませんでしたが、この経験がレース本番の最重要局面で生きることになるのでした。

レースの準備に没頭していた2月上旬に大きな知らせが私の耳に入りました。
NHKで放映されている「NHKスペシャル」という番組で私がこのレースに挑む過程が番組化されることが正式に決まったとのことでした。NHKで放送化される可能性があるとの話は以前から聞いていました。しかし私自身のなかではどんなことになろうが全力で準備し臨もうと思っていたので、この知らせを聞いても意識の変化はありませんでしたが、心のなかでは「今回も気楽には走れないなぁ」との覚悟をより強く持つことになりました。
メディアに注目されてレースに臨む心理は以前のハードロック100の記事の中でも書かせて頂きましたが、とにかく焦る気持ちを抑え、注目されることに感謝しつつも平常心で臨むことが大切と心に決めていました。

あっという間に月日は流れ、渡航日がやってきました。
今回、サポート役として磯村慎介さんが同行してくれることになりました。
彼はもともとは私のトレイルランニングのセミナーに参加してくれたお客さんでしたが、このスポーツの魅力に引き込まれ、第一回のウルトラトレイル・マウントフジで表彰台に上り、その後より走れる環境を求めサラリーマンを辞め、独立し雑誌などの編集事務所を立ち上げながら、このスポーツの普及に携わることになりました。

パタゴニアは日本からみればほとんど地球の真裏にあたりますから、最も遠い行程の旅となります。まずはフランスのパリまで12時のフライト、そしてチリの首都サンチアゴまで15時間、更に南米大陸の最南の町プンタアレーナスまで7時間、更にここから陸路で3時間でようやくこのレースの拠点となるプエルトナタレスの町に到着です。
ほぼ無駄のないトランジットでも丸三日の長旅。機内では体調を崩さないように、水分を十分にとり続け、1時間に一回は席から立ち上がりストレッチ、狭い機内でひたすら来るべきレースに向けて集中力を保ち続けました。

プエルトナタレスの町はフィオルド海岸に面したトーレデルパイネ国立公園の拠点の町で、美しくこじんまりとした可愛らしい町です。

レース前々日に開催されたブリーフィングはスペイン語でほとんどわかりませんでしたが、不思議なもので言葉が分からなくとも、オーガナイザーの身振りなどから趣旨がわかるから不思議なものです。
そして大きなポイントはレース日は天気が荒れるということ、そのため
距離は160㎞から141㎞に変更され、それらに伴いスタート時間も深夜0時に変更となったこと。
そして核心部は50㎞から100㎞の人跡未踏に近い山岳エリアであること。
この間は山道がなく(道が細いではない)、万が一の場合にはフェリでしか救助ができない状況です。

レース当時、深夜0時のスタートに備えて直前までしっかりと睡眠をとり、
最後に家族に電話。時差は12時間、こちらが午後10時だと日本では午前10時とわかりやすく、妻には結果はともかく全力を尽くすこと、そしてちょうどこの日、娘の入園式だったこともあり、出席できなかったことを詫び、最後に最高の走りをすると誓い電話を置きました。

実はスタート前に大きな不安がありました。
それは心臓のトラブル。2年前にアフリカのマダガスカル島に近いレユニオン島で開催されたグランドレイドレユニオンというレースで不整脈が出て途中リタイア後、初の100㎞オーバーのレースとなります。数度の検査で異常は見られませんでしたが、極限の疲労状態に陥った時にどうなるのかはわかりません。
今回のレースではコース大半が救助が極めて難しい山岳地帯ですから、もし途中でトラブルがあったら・・・そんなことを考えるととても平常心ではいられず夜空を見上げていました。

見上げれば満天の星。「本当に天候は荒れるのだろうか」と思いつつも
少しずついつもの心を取り戻してきました。
いよいよ長いレースの幕開けです。一体この先どんな景色を見られるのだろうか、パタゴニアの自然は私を歓迎してくれるのか、不安が8割、ワクワクする気持ちが2割、そんな心理状態でパタゴニアへの一歩を踏み出したのです。

~ 中編につづく ~
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写真:ウルトラ・フィオルド参戦が決まってからは国内の寒冷地での長時間走を繰り返し実施。時には厳冬期の富士山でのトレーニングも。

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写真:寒冷地、しかも事前の情報から湿地帯を走ることから足冷えを懸念し
特殊な防水&防寒ソックスを用意。装備に関しては渡航数か月前から何度も試し、低温状態でも機能することを確認した。
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写真:丸三日のフライト後に南米大陸の最南の街プンタアレーナス(チリ)に到着。さいなんとにかく長い行程だった。日本人がこの地を訪れるには相当な覚悟が必要と感じる。
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写真:レースの拠点プエルトナタレスの町。フィオルド海岸から見る美しい朝焼け。世界のなかでここでしか見ることができない息を飲むような絶景
写真:レースはパタゴニアの観光拠点であるトレスデルパイネ
国立公園周辺のフィールドで開催されるだけに、様々な国籍のランナーが集結する。
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写真:レースコース図。一見すると何気ないが、大半が道のない原野や山岳地を進む。注目すべきはトレイルが薄いのではなく、トレイルがないのだ。それだけに難易度は超一級レベルだ。その核心部は50㎞~100㎞まで続く山岳エリア。

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写真:スタート直前。2年ぶりのロングレースとあって緊張と不安に包まれる。
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写真:日本からも3名のトレイルランナーが参加。彼らは何とここに来るまでいろいろトラブルがあってギリギリ、スタートに間に合ったとのこと。日本からみれば地球の真裏、この遠さは一言では言い表せないものがある。
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写真:2年前(2014年)のレユニオン島での100レースの際の不整脈リタイアから体調を崩し何度も検査を繰り返した。それだけにこの大会を復活のレースとしたいという思いが強かった。
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写真:深夜0時、長い旅のスタート。この時には満天の星空で、この先に天候が崩れるとはとても思えなかった。どういう訳かこれほどのロングレースなのにペースが無茶苦茶に早い。実力者が多いのか、単に無知なのか、測り知れない・・。

《ミニテーピング講座》

~ロールテープをもっと活用しよう!~
ロールテープは貼り方が良くわからないという方もおおいのではないでしょうか。
もちろんテープの貼り方は厳密に言えば解剖学的な知識が必要ですが
極論を言えば筋肉や靭帯の最低限の走行(筋肉などの大まかなつき方)を抑えれば気になる箇所にとにかく貼るという考えも私はありと思います。

最近、私が故障しているのは右脚の膝内側側副靭帯という膝内側の靭帯を痛めています。幸い重症化していなので走ることはできますが、常に重くなるリスクを孕んでいます。その場合には痛みの出る箇所にトレーニング前に写真のようにロールテープを張ることでかなり緩和されます。おそらく生足でトレーニングを続けていれば深刻な怪我になる可能性も大いにあったでしょうが、この僅か30cmほどのテープが重症化を防ぐ大きな鍵となるのです。
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写真:膝内側側副靭帯に常に違和感が・・。靭帯の大まかな走行を抑えて
30cmほどのテーピングを施すことで重症化のリスクを軽減。

プロトレイルランナーになり今年で11年目になります。確かに重い怪我も経験しましたが、50歳を過ぎても日々ハードトレーニングを積みながら致命的な怪我が少ないのは常に予防のためのテーピングが功を奏してるからだと思います。おそらくこれまで80パーセントくらいはテーピングの力で怪我を防いできたのではないでしょうか。現在のパフォーマンスはテーピング無くしてはないと断言できます。

故障は一定の箇所にストレスがかかり続け、初めは違和感ほどですが、どこかの時点で痛みとして顕在化し、その状態までくると取り返しがつかなくなってしまいます。大切なのは違和感のレベルできちんとテーピングを施すことなのです。

確かにテーピングは高価なものに思われるかもしれませんが
1ロールで5m(1000円程)ですから、中程度の強度のトレーニング日に30cmのテーピング使用したとすれば大切に使えば1カ月は持ちますから、故障による精神的なストレスや治療費を考えれば、そう高いものではないはずです。
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写真:5cm×5mのロールテーピングは私にとって「守り神」
どこに行くにも持ち歩き、その都度状況に応じて貼ることで重症化することなく走り続けてきました。きっと一生の付き合いになると思います。

今回の「ウルトラ・フィオルド」の挑戦の
のストーリーは「神の領域を走る(㈱NHKエンタープライズ)
として映像化されています。
是非ご覧ください!

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