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                      2020年 9月 10日

第6回トレイルランナー鏑木毅×GONTEXテーピング 
コラム【全12回】
    『ハードロック100』 ~最終回~

プロトレイルランナー  鏑木 毅

世界中のトレイルランナーが最も憧れる大会と呼ばれる「ハードロック100」(アメリカ コロラド州)の2014年のチャレンジのストーリーもいよいよ最後回となりました。

レースはついに最終版の112kmのエイドステイションへ。ここまで落石事故、落雷と遭遇、そして標高4000mという標高との闘いとかつて経験したことのないほどの経験の連続で、この先まさに心の強さが求められる局面に入ろうとしているのに、どうしても前に進もうとする力が湧いてきません・・・。
ペーサーのジャスティンに促され、ようやく重い腰を上げエイドでゴールを目指します。

漆黒の闇に加えてトレイルは極めて薄くわかりにくい、その上に小さな蛍光シールが貼られたマーキングも僅かに光るだけで極めて見にくく広大なこのロッキー山脈で、道を外したら人家など皆無ですから、こんな薄着で丸腰に近い状態では間違いなく無事ではいられないでしょう。きっとペーサーのジャスティンがいなければ、不安で仕方がなかったと思います。

国土の小さな日本であれば、どの山域を辿ってもこのような不安と寂しを感じることはないでしょう。しかし、アメリカ大陸という圧倒的な山のスケール感が不安な気持ちを煽ります。

暗闇のなか人を抜くこともなく抜かれることもなく延々同じ湿地帯のトレイルを進んでいると自分のペースが速いのか遅いのか全くわかりません。
この世界トップレベルが集結するなかで5位にまで上がって来たことに内心満足しつつも、最悪の体調のなかかつて経験したことのない内なる心との難しい駆け引きが続きます。

これまでの行程は私自身が抜いて順位が上がっているというよりは、途中で他の選手が体調を壊して走れなくなり勝手に順位が上がっているだけなのです。
止めていった選手の気持ちは良くわかります。どれだけ完璧な高地順応しようともこれだけ長い時間を追い込み続ければどんな人間でも体はおかしくなるはずです。
私とて綱渡り状態。112kmのシャーマンのエイドから先は辞めることばかり考えています。
エイドの直前までもうやめようと思いつつ、到着し椅子に腰かけ温かいスープをすすり、どうしようかと躊躇っていると、ジャスティンが当たり前のように「さぁ行こうか」と。彼も1200kmも離れたモンタナ州からここコロラドまでわざわざペーサーのために来てくれたのですから彼を失望させたくないと思うと、この言葉に弱々しく「OK」と答えざるを得ません。

100マイルウルトラトレイルとはそんなものなのです。
結果だけを知る第三者からみれば、「鏑木さん、やっぱり強かった」と思われるかもしれませんが、当の本人から見れば、全く紙一重のレース。
ちょとしたタイミングと偶然の積み重ねで辛くも勝ち取ることができたというのが正直なところです。

漆黒の中の氷雨、そして静寂、物憂い時間が流れます。
必死にトレイルを少しでも早くと思いつつ体を動かし続けます。
やがて周囲から鳥のさえずりが聞こえてきました。
世界中のどこの山を走っても夜明けが近いことはまず鳥の鳴き声が教えてくれます。

大量に失った血液のせい、それとも低酸素のせい、とにかく体が重だるく一歩一歩引きづるように進みます。やがてあたりは明るくなり、ついに途轍もなく長く感じた夜が明けました。ふと目線を遠くに移すと見たことのない絶景が広がっていました。眼前の山並み、そしてその先にも山、更に先にも山、まるで大海原の波の端のように延々ととてつもなく遥か彼方まで山波が続いています。
「すげぇ-」と思わ叫ぶと、となりのジャスティンも暫く脚を留め
アメリカ人の彼もこの絶景に感じ入っているようでした。

究極の疲労状態ですが、朝焼けの絶景は再び私の闘争心に火を灯しました。
彼に先導してもらい最後のエイドのカニングハムまで標高を下げます。
とにかく脚が痛く、夜が明け新しい一日が始まりましたが、もう体は限界。
カミングハムは最後のエイドということで多くのスタッフ、応援者が待ち受けていました。
スタッフから手短に補給を受け、シューズを履きかえ、前後の選手との時間差を聞きエイドを立ちます。
いろいろな方から、「やり切れ!」、「あなたならできる」との声援を受けて
駆けだします。最後に標高差1000mの峠越えです。しかし、この一山がとにかく体が動かず、必死にストックを突き立て体を引き上げますが、疲労で動きません、おまけに最後になってうまく呼吸ができないような高地障害のような症状が顕著に出はじめました。100歩進んでは、一回立ち止まり、大きく呼吸、この間隔がやがて50回になり、30回になり、最後は10歩進んでは一回立ち止まるようなペースになってしまいました。きっとキリアンだったら最後のこの急登も走りを交えてリズム良くステップを切って登るのだろうなと思うと、苛立ちを感じます。エイドでキリアンとのタイム差を教えて貰いましたが既に5時間もの大差。
彼は年を経るごとに強さに磨きがかかってゆきます。私は年を経るごとに悲しいことに弱くなってゆく、正確な言い方をすると「あるべき理想の走り」ができなくなってゆく感じ。
30歳を前にこのスポーツに出会い、100マイルの海外参戦は38歳の時。すべてが遅すぎます。もっと早く100マイルに出会いもっともっと長く活躍したかった。これが偽らざる本音です。
でも今こうして長年の夢であるハードロックの最終局面を迎えている。
大きなハプニングを乗り越え、幾多のトップ選手が途中でレースを諦めるなか、
初めての挑戦でこの難コースを上位で突き進んでいる。
いろいろな人に感謝したい気持ちで満ち溢れていました。
このカミングハムからの登りでずっとこれまでのトレイルラン人生を総括する時間を得ました。

いつ果てるとも知れない長い上りトレイルと格闘し続け、ついにその先には青い空しか見えなくなると、眼下にはゴールのシルバートンの街並みが見えます。

この峠でジャスティンが「さぁ仲間のところへ帰ろう」と心に染み入る一言を投げかけてくれました。きっと一生忘れないでしょう。
しかし脚は破壊的な痛みに支配されています。一歩一歩に激痛がはしり、とてもまともに足が出せません。
この時にいつも心がけているのは、位置エネルギーをつかって転がりおちるように脚を踏ん張らずに置いてゆくという作戦です。痛いという感覚はひとまず脇に置いて、とにかく勢いのつく脚を回し続ける感覚です。
もう登りはない、ゴールすれば暫く走ることはありません。究極の捨て身の作戦です。
痛さを忘れるとはいえ猛烈な痛みですが、この痛みは一週間も脚を引きづれば何とかなります。それよりは歴史に足跡を刻むことの方がどれだけ価値のあることか。そう考えれば息を殺しひたすら激痛を耐えます。

長い下りが残り3km、自分にもまだこれほど力があったのかと思うほどにペースを上げて、最後まで悔いなく走ろうと懸命に全力を尽くします。

ついに長年の夢ハードロックが終わりを迎えます。
何度となく無理かもしれないと思いましたが、最後にここまで私を励まし続けてくれたジャスティンに感謝の気持ちを伝え、私の長い旅は終わりを告げました。
事前の予想どおり、いや予想を遥かに超えて今回も厳しいレースとなりました。
結果として6位という好成績を収めることができましたが、それはほんの紙一重の差。レース中にはリタイアしてもおかしくはない状況は何度もありました。メンタル的にどん底に落ちても心を立て直し前に進むことができたのは長年夢に描いてきたハードロック100への思いしかありません。
限られた人生のなかで挑戦できるこの僅かな機会を決して逃したくはないという思いが完走に結び付けてくれたのだと思います。

これだけの強豪選手のなかで28時間7分で6位という結果は満足のゆくものでした。確かに落石事故と出血、落雷での退避の時間などがなければもっと短縮できたと思いますが、これらを乗り越えて得たゴールはとりわけ記憶に残る印象深いものとなりました。

あのレースから6年が経過し、私も既に50歳を過ぎましたが、
今回、この記事を書きながら振り返えるとまた再び挑戦したい気持ちが沸々と湧き上がってきます。
実はハードロックは毎年コースの周り方が変わり開催されます。私が出場した2014年は時計回りに100マイルを回りました。もし叶うのであれば今度は逆周りで走り、再びあの大海原の浪の端のように果てしなく続く山端を見てみたい。
きっと以前のように上位争いはできないでしょうが
いろいろなエイドのスタッフに「〇年ぶりに戻ってきたよ」と伝えながら、今度は最後まで笑顔、笑顔で走ってみたいと心から思います。

4回にわたりお読みいただき心から感謝いたします。

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写真:約140kmついに長かった夜が明けました。
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写真:最後のエイドステイション、カニングハムまでの急斜面を下ります。失神するほどに足が痛い。
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写真:最後のエイド手間ではスタッフや応援者が伴走してくれました。
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写真:疲労は極限。ここまでくると「心」だけが頼りです。
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写真:最後のエイドでシューズを履き替え、最後に待ち受けるラスボス、標高4000m級の峠越えを目指します。
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写真:長年の夢、ハードロックのゴール。28時間7分、6位のゴール。
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写真:恒例のハードロックへのキス。今まで映像で何度もこのシーンを見てきましたが、ついに自分にもこの権利を得ることができたのが感慨深いです。
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写真:主催者の粋な計らいで、しばし石の前で佇む時間を頂けました。
ハードロックの前で厳しかったレースのことが頭を巡りました。
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写真:今回一緒に闘った仲間たち。左よりジャスティンさん、私、ジョンさん、岩佐さん。本当にありがとう・・・。
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写真:優勝したキリアン選手。今回、歴史あるハードロックの最高記録を更新。
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写真:大会翌日の行われたレース後のセレモニー。優勝者もラストランナーも分け隔てなく平等に祝うこの雰囲気がアメリカのトレイルランニングカルチャーとも言えます。
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写真:一人一人の名前が呼び出され、その際に主催者から短いメッセージ
が語られ、記念のペナントが送られます。これもアメリカのレースらしい計らい。
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写真:アメリカ西部らしいボリュームある食事。美味しい上に安い。100マイルのレース後は2日ほど胃が荒れてまともに食事が摂れないが、その後に異様な空腹感に襲われる、しばらくは何をどれだけ食べてもすぐに腹がすく日々が続く。
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写真:この地を訪れた記念に、現地の職人による本革のベストを購入。
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写真:シルバートンを去る前に、街を一望できる丘での記念の一枚。
またこの地に戻って来れる日があればとしみじみ思います。

     ~最後までお読み頂きありがとうございました~

《ミニテーピング講座》
今回は太腿後面(ハムストリングス)のサポートテーピングをご紹介します。
この部位は登りでの段差を乗り越える時や、下りでの膝まわりの筋肉の安定感を出すためにも欠かせないトレイルランには必要不可欠なテーピング方法です。
また、トレイルランニングのシーンではとかく太腿前面の疲労を感じやすいが、実は裏面の疲労状態を軽減させるこのテーピングを施すことで前面部の動きを最終盤まで低下させない効果があります。

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写真:膝を伸ばした状態から、膝の外側の腱を包むようにスタートさせ、お尻の下の中央部に伸ばさずに貼ります。
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写真:なるべく膝を伸ばした姿勢から、2本目のテープは膝の内側の腱からスタートさせ1本目のテープと同じテープの終点まで貼る。

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写真:これで完成です。

テーピングは伸ばす必要はありません、固定テープでなく、筋肉のサポートをするためのテープなので、そのまま伸ばさず貼るだけで十分な効果があります。

※GONTEXロゴ入りのリフレクタータイプは夜間安全対策にも有効です。

今回の「ハードロック100」の
このストーリーは「RUN LIKE THE WIND」として映像化されています。
是非ご覧ください!

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