Home / インフォメーション / 【鏑木毅コラム全12回、其の5】トレイルランナー鏑木毅×GONTEXテーピング

 

2020年 8月 19日

第5回トレイルランナー鏑木毅×GONTEXテーピング 

コラム【全12回】

   『ハードロック100』 ~3回目~

                     プロトレイルランナー  鏑木 毅

 

72kmのユーレイのエイドステイションを出ていよいよ後半戦へ。
ここからはペーサーと一緒に走ることが可能になります。
ペーサーは主に北米のロングレースで行われる制度で、疲れて危険な山地帯を進む選手に伴走することで安全を担保することができます。
ペーサーはペースコントロールや声によるサポートのみが許されますが
選手に補給食や給水を行うことは禁じられています。
余談ですが、今まで世界中の国々を走って来ましたが最も気を遣うのが北米のトレイルです。理由はマウンテンライオンというクーガーに襲われる危険があります。日本の山も熊が気になりますが、熊は人間の気配を感じれば基本的にはむこうから人を避けてくれますが、マウンテンライオンは積極的に襲う習性があり、山に入る時には音がする鈴のようなものは付けないようにするのが常識。ちなみにこの観点から最も安全なのはヨーロッパです。この地には基本的に人間に危害を加える動物がいないので気兼ねなく走ることができます。最もアルプスなどは日本よりも気象変動が激しく、その点では油断ができません。

ユーレイの町から渓谷沿いの切り立った岩壁を抉った山道が続きます。
日本で言えば黒部峡谷の下ノ廊下のような岩盤を削ってつくったトレイルで、
既にコースの中間点、疲労もかなりある状態ですから踏み外し谷底へ転落する危険もあります。
日本で開催されるトレイルランニング大会であれば間違いなく、主催者はこの危険な区間はコースから外すでしょう。欧米はリスクは自己責任でという文化ですからく、自ら選んで参加したからにはそれに伴う危険も自らが負うというのが基本的な考え方。
疲れた頭でそんなことを考えながら進んでいると
頭上でガラガラと大きな音がし、何だろうと見上げると空中に無数の岩が落下してくるのが見えました。即座に「落石だぁ」と思い、咄嗟に避けなければと思いつつも体が動かず、そのうちの一つが顎に直撃したのです。
しまったと思った瞬間は既に、トレイルにボタボタと血が落ち、あたりの土や岩が赤く染まりました。
さほどの痛みはありませんが、ジーンと熱い何かがつき刺さった感覚です。
ジョンさんが慌てて自分のネックカバーを私の顎の患部に押し当て、止血してくれましたが傷口は思いのほか大きく血が止まりません。既に標高3000mを越えて、この先4000m越えのピークを幾つも越えなければなりません、最も心配したのは出血による高地障害です。
血がなくなればそれだけ酸素の運搬能力が損なわれます。ただでさえ低酸素で苦しい状況なのに・・この状態で危険な高地帯を進むリスクの大きさを考えると不安でなりませんでした。
暫くして血は止まりましたが、果たして大量の血を失った体で先に進んで良いものか迷います。
きっと国内のレース、あるいは海外でも距離的に近いアジアのレースであれば間違いなく辞めたでしょう。しかし、ハードロックは狭き門の抽選制ですから次のチャンスは一体いつになるかわかりません。
また、年明けから半年以上このために厳しいトレーニングを積んで来ていますから、ここは何としても前に進もうと考えました。確かにリスクはありますが、この時の私の選択は結果的には正しいものとなりました。
何より食べたものが顎の傷口から飛び出してしまうのではないかと思うと補給も気が気ではありませんでした。

90kmのエンジニア峠を越え、ダート道の下りに入ると4WD車に乗ったレースディレクターのデールさんが駆けつけておりドア越しに「大丈夫か」と
すでに私が怪我をしたことは大会全体に知られていたようです。
主催者は状況に応じて選手をストップさせる権利がありますから、ここは去勢を張って「大丈夫。心配かけたようですまない」と平静を装い答えると
心配そうに見つめ「次のエイドで医師がいるから見て貰って」と告げ去ってゆきました。

約95kmのグラウスガルチのエイドに辿りつき、サポートの岩佐さんに迎えられ、まず目にしたのは義弟と呼ぶべきセバスチャン・セニョ―(フランス)が青白い顔で椅子にうなだれている姿でした。2連覇を狙い、キリアンと熾烈なトップ争いををしているものと思っていましたが彼も何らかのトラブルに悩まされているようです。

セバスチャンがリタイアしたことで彼のペーサーを担うはずだったスコット・ジュレクが時間を持て余しており、「顎の怪我大丈夫?」と医師に見せる前に私の患部を覗き込みました。

医師の診断は傷口は大きいが血は止まっているから自分の責任で判断して欲しいとのこと。
まずは傷口が貫通していないことを知り、多少ホットしてレース続行を決意しました。

ここからいよいよコース中の最高峰ハンディーズピーク(標高約4200m)の長い上りが続きます。
ここからゴールまで60km以上にわたりペーサーはジョンからジャスティンへ変わります。彼とは昨年のワイオミング州でのビッグホーン100のペーサーも務めて貰い、彼の素晴らしいペーサー力で優勝を勝ち取ることができましたので、彼のことは信頼しきっています。
既にスタートから13時間、午後7時を過ぎ、あたりは少しずつ夕闇が迫っていました。何となく気になったのは雲が重く、どす黒くあたり一帯を覆っていること。
この雲は落雷を帯びたもので、日本であれば間違いなくこの雲を見れば一目散に山を下らなければならないでしょう。
今はレース。下るどころかあの雲に向かって高度を上げてゆかなければならないという危険極まりない行為をしなければならないのです。つくづく海外のレースは大げさでなく本当に命がけだと感じます。

やがて遠くの山並みで鳴っていた雷鳴も、次第に近くなり
何とか雷雲に包まれる前にハンディーズピークを越えて安全地帯に逃げこまねばとペースを上げますが、既にスタートから100kmを越えて体は疲労でじっとりと重く、思うように動きません。そのことをジャスティンに伝えると彼も同じことを考えており、「さぁ雷と競走だ」と私をまくしたてます。
しかしピークまであと標高差で300mのあたりでつい雷雲につかまってしまいました。あたり一帯がジリジリと電気を帯びているのがわかります。

雷雲の中に入った経験がある人は少ないと思います。
足元の岩からシューズを通して電気の流れを感じるのです。
恐怖の時間が流れました。そしてトレイル上の小石が時折小さく跳ねるのです。
そして至近距離で爆発音のような雷が連続的に落ち続けます。
生きた心地はしません。
思わずジャスティンとともにトレイル脇の岩陰に身を隠しました。ドカーンという雷鳴とともに雨足も強くなり、雨具の上下を着こんでいるものの標高4000m近い高地ですから一気に体温が奪われます。
前のエイドでダウンジャケットをピックアップしていればと後悔してももう遅い、雷に打たれる前に低体温症の方にやられてしまいそうです。

岩陰に40分ほど身を寄せていたでしょうか。いくぶん雷鳴が小さくなったと感じた時、ジャスティンが「よし今だ」。とまだ真っ暗闇のまだ電気を帯びたトレイルを一気に駆けあがりコース中の最高峰ハンディーズピークの頂きに到達。サンフォアン山脈の最高峰ですから山頂を踏んだ時、何らかの感慨に拭けると思いきや頂上に立つやいなや、二人で「よし逃げろ」と叫びながら一気に斜面を駆け下ります。一歩一歩安全な場所へ戻れる安堵感に包まれた心持ちは生涯忘れないでしょう。

逃げこむようにたどり着いた112kmシャーマンエイドステイション。
ここで久々にサポートスタッフに出会うことできました。
相変わらず冷たい雨は降り続けます。出血した上に終始3000mを越える低酸素のなかを走り続けているうちにこの区間で更に体力を消耗してしまいました。
エイドの椅子に座り温かいコーヒーやスープを飲んでいると思わず、寝落ちしてしまいそうなほどに体が消耗しています。バンテイジを巻いた顎の傷口から滲み出た血でジャケットは真っ赤に染まっていました。

消耗したものの順位は5番まで上がり、いつものレースであれば更に上へと勢いづくはずが、この時の私はどうにもエイドから出発することができません。
あまりの疲れに闘う気持ちを挫かれてしまいました。
何時までも腰を上げない私を見て、ジャスティンは「さぁ行こう」と軽く背中を叩き促します。
深夜12時を越え、驟雨の真っ暗闇のロッキー山脈の山中に再び駆けだしてゆきます。大規模なヨーロッパの大会に比べわずか150名程のレースですから、この距離に来ると前後に選手もなく寂しい気持ちになります。体の疲労は極致に達し、「神の領域」と呼ばれる最も苦しくなるこの先の行程を考えると不安で一杯でした。
レースは3分の2を越えました。いよいよ本当の核心部がこの先に待っているとはこの時の私には知る由もありませんでした。

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写真:72kmのユーレイの町を過ぎて4000m級のエンジニア峠へ向かう。
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写真:落石事故に遭遇した岩肌をくり抜いてつくったトレイル区間。前をゆく白いシャツのランナーがペーサーのジョンさん。
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写真:見るからに危険なトレイル。
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写真:この直後に落石事故に遭遇しました。
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写真:サンフォアン山脈に夜がやってくる。長かった一日目が終わり、レースは夜間戦へ。
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写真:112kmのシャーマンエイドステイション。落石事故、最高峰のハンディーズピークでの落雷、その後の雨で疲労困憊の状態。標高3000mの高地では真夏でも真冬並みの寒さで、温かい飲み物がとりわけありがたい。
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写真:5位まで順位を上げながら極度の疲労から112kmのエイドからなかなかリスタートできない状況。こんな状態はかつてなかったこと・・・。やはり事故と高地の影響がかなりあったように感じます。

~最終編に続く~

《ミニテーピング講座》

「脹脛(ふくらはぎ)トラブル防止テーピング」
最後に私がハードロックで使用したテーピング方法をご紹介します。

トレイルに限らずランニングでは脹脛のトラブルは最も多く発生するものではないでしょうか。私自身何度もこの故障でこれまで悩まされてきましたから、年間を通じて最も施すことの多いテーピングだと思います。このテーピングはもちろん故障予防という側面もありますが、上りでなり易く、脹脛に過度にストレスがかかるフォアフット(前足着地)走法になりやすいトレイルランでは大きな効果を得ることができます。トレイルランニングのシーンでなくてはならないテーピング法と言えるでしょう。

➀まず脹脛をしっかりと伸ばした状態から、踵を包むようにテーピングをスタートさせ、アキレス腱上に沿わせて貼ってゆき、脹脛の中ほどから外側にはそうほりだしてゆきます。

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②二本目のテープも一本目同様に踵から同じ位置をなぞるように張ってゆき、
今度は逆の外側方向へ伸ばしてゆき完成です。二本のテープで脹脛全体を包み込むようなかたちで施すのがポイントです。効果を是非とも実感して頂ければと思います。

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このハードロック100のレースの模様は「RUN LIKE THE WIND」で映像化されています。
是非ご覧ください!
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