2020年 7月 15日
第4回トレイルランナー鏑木毅×GONTEXテーピング
コラム【全12回】
『ハードロック100』 ~ 2回目 ~
プロトレイルランナー 鏑木 毅
皆さんお元気でしょうか。秋以降トレイルランニング大会も少しずつ開催される兆しが見えてきたようで、目標に向けて頑張っていらしるる方も多いと思います。
さて、今回は2014年私が45歳の時に出場したハードロック100というレースの2回目を書かせて頂きます。
このレースは毎年7月中旬にアメリカ・コロラド州のロッキー山脈のなかのサンフォアン山脈の4000mを越える山々を舞台に開催される100マイルレースです。息を飲むような山岳景観が売りの世界屈指の人気大会です。
前回は大会に向けての日々を書かせて頂きました。今回はいよいよレース本編に入ります。
午前6時いよいよスタートです。
実はこのハードロックの大会名はトレイルランニングを始めた20年以上前から知っていました。ロッキー山脈の高地帯を走る狂気のレースと当時のランナーズワールドという雑誌に掲載されており、私も一度は走りたいと長年憧れの大会。
いよいよ長年の夢が叶うと思うと、半年間にも及ぶ長い準備期間を経てきただけにスタート前に感動で胸が熱くなりました。
僅か150名の大会ですが、スタートラインには見知った顔の世界レベルのトップランナーが勢ぞろい。
今回の大きな最大のトピックスは世界の山岳レースを席巻するキリアン・ジョルネ(スペイン)が初参戦すること。
彼の参戦を聞いた時に正直「またか・・」という思いでした。
彼とはこれまで何度となく世界レベルの大会で対戦し常に彼が優勝。
彼の強さはとにかく隙がないということ。ほかの選手はいくら強くとも必ず弱点があるのですが、キリアンは圧倒的な山岳走の能力に加えて、高い自己マネジメント力と天性の嗅覚で弱冠26歳という年齢ながら全く付け入る余地がありません。
午前6時世界中が注目するスタートです。ヨーロッパのレースのような派手な演出はなく、オーガナイザーの簡単なあいさつの後に静かにレースは幕を開けました。どの選手もこの先の行程の困難さを見込んでかUTMBのような狂ったようなハイペースとならず、たんたんと落ち着いたペースで進みます。
私は先頭から50mほど離れた20番手ほどの位置。自分でもかなりゆっくり目のペースと感じますがとにかく高地で酸素が薄く息苦しいためペースを上げようにも上がらないというのが正直なところ。
3kmダートの林道を進むと、いきなり川幅50mほどのの渡渉ポイント。
当然橋もなく直接膝まで水に浸かり渡渉します。ハードロックの名物スポットで多くの観客が声援を受けながら、身が切れるような冷たい水流に脚を突っ込んでゆきます。
川を渡るとトレイルヘッド。いよいよここから本格的な山地帯に入ります。
100マイルの中で8~9ある4000m級ピークの一つ目の山越えです。
高地帯のせいでしょうか日本と異なり森の植物があまりなくいわゆる疎林という感じで展望が効くスッキリとした森です。
まずは一カ所目のKTエイドステイション(約17km地点)へ到着。
ここまで走って分かったのがトレイルが日本やヨーロッパアルプスのそれに比べて極めてわかりにくい。
それもそのはずでこのハードロックのコースは年間の大半が雪に覆われており
しかも人間界から隔絶した山岳地帯であるため、訪れる人も少なくトレイルの踏み跡がほんの僅か、加えてコースを示すマーキングは小さくわかりにくい。
でもしっかりと地図にはルートが掲載されており、明瞭なトレイルに慣れた私たち日本人にはかなり心細く感じます。
昼間だから良いものの夜間は相当に厳しいルートファインディングの技術が必要になるなと早くも不安が過ります。
しばらく進むと山中でいきなり選手でない長身の欧米人が私に並走。
何とウエスタンステイツ7連覇の伝説のランナーのスコット・ジュレクです。
彼は今回は選手ではなく、前年優勝者のセバスチャン・セニョ―(フランス)のペーサーとして90km地点から並走することになっています。
レース序盤は観戦のためいろいろな箇所で応援を送っているようです。
彼から「先頭はだいぶ速いペースだからからきっと落ちてくるよ」と英語で話した後に、今度は日本語で「大丈夫。頑張って」とエールを送ってくれました。
彼とは何度も対戦している仲ですが、いつも華やかな雰囲気を纏っており、彼と会っただけで心が高揚します。
2つ目のピークへの長い登り区間に入り森林限界を越え、視界を遮るものがなくなると、はるか前方のトップ集団まで一望のもとの見てとることができます。
かなり離れている焦りますが、富士山頂に近い高地帯ですから無理してペースを上げればきっとあっという間に体はオールアウトしますからとにかく自重です。
上りの最後で振り向くとハードロックの名シーンともいえるアイランドレイクの美しい眺めが一望できます。
きっとトレイルランニングに出会わなかったら絶対に目にすることはなかったろう絶景。苦しいレースですがこのスポーツに出会った運命に感謝しながら進みます。
45km地点のテルユライドの街にあるエイドステイションへ。
ここまで3つの標高4000m近いピークを越えて来ました。
ここで初めてサポートスタッフと出会えます。今回サポートとして入ってくれた岩佐さんと事前の打ち合わせどおり、決められたフルーツなどの補給を大急ぎで頬張りながら、彼は手早く新しいジェルをパックに収納、ボトルに麦茶を入れ、次に進むための準備をしながらも、前方の選手のタイム差や状況を教えてもらいます。
高地障害の影響なのかまだ3分の1にも満たない距離にも関わらず、予想以上に疲労が高く改めてハードロックの攻略の難しさを感じました。
谷間にあるテルユライドの街を出ると、次のエンジニアス峠への長い上りが始まります。上りの最後は相当な量の雪に覆われ、喘ぎながら峠の最高点に到達。おそらくこの標高4000mに近いエンジニアス峠に設置されたエイドステイションは世界最高所のものではないでしょうか。
ようやくたどり着き、さぁ何を食べようと迷っていると
エイドボランティアが「ちょっと飲むか」と小さなキャップに入った飲み物を差し出してくれました。口を付けてみると何とウォッカ。
「元気になる薬だよ」と。こんなコミュニケーションで、思わず疲れが取れるのです。
4つ目の峠を越えて下りに入っても一面の銀世界。雪の斜面を駆け下っているとさらに嬉しいサプライズがありました。
「THANK YOU COME BACK AGAIN(ありがとう、またきてね)」と雪の上にこんなメッセージが。厳しくも温かみのあるこの大会のホスピタリティーを感じます。
雪上を相当な距離下りトレイルを抜けるとダートの林道に。この林道はこの後下り基調でなんと13kmあまりも続きます。ハードロックのコースのなかでも多くの選手が単調でメンタル的に厳しいと感じるパートです。
ウルトラトレイルの辛さは肉体的な部分で言えばゴールに近づくほど疲労は蓄積されてより強く感じますが、精神的な面で言えばレース中に何度となく波のように訪れては去ります。
45kmのテルユライドではかなりの辛さを感じますが、その先のエンジニアス峠では高揚感に包まれその前の辛さが嘘のよう、そして今度はユーレイへのこの長い下りで再び心理的な辛さを感じるなど、何度となく辛さと気持ちの高ぶりが繰り返しやってきます。まさに「自然の景色と人に助けられながら進む旅」。これこそがこの競技の醍醐味なのかもしれません。
いよいよユーレイの町のある約70kmのエイドステイションへ到着。
ここまで約10時間ほど、まだ中間点にも到達していないのに疲労で全身が重だるく、とてもまだ半分以上の行程が残っているとは信じられません。
この先ペーサーとしてジョンさんが並走してくれます。
今回、ペーサーをお願いしたのは前年にワイオミング州で開催されたビッグホーン100でペーサーを務めてくれたジャスティンさん。彼の絶妙なペースコントロールと励ましの言葉で優勝を掴むことができたことから
今回のハードロックのペーサーも何としても彼にと思ったところ快く引き受けてくれました。
まずはユーレイの町からはジャスティンさんの友人のジョンさんが20数キロを伴走してくれ、その先ゴールまで70kmあまりをジャスティンさんにお願いしました。
しかし、このユーレイから先に大きなトラブルが待ち受けているとは、この時には夢にも思いませんでした。
~ 3回目に続く ~
写真:トレイルランニングに出会った当初からこのレースの存在は知っており。
長年の夢が叶い、スタート前には独特の高揚感に包まれた。
写真:海外の100マイルレースで良く目にする光景。厳しいが故に深い絆が生まれる。
写真:スタート直後に現れる渡渉ポイント。最初は驚いたが、この先に何度となくこのような川渡りポイントに出会うことになる。
ロッキー山脈の雪解け水は身を切るほどに冷たく、コース途中では意識的に疲れた脚をアイシングするために太腿まで川に浸かったりした。
写真:約30km地点のハードロック100のシンボル的な眺め。コース2つ目の4000m級ピークであるアイランドレイクを見渡す峠への上り。
写真:アイランドレイクへの登りで並走してくれたスコット・ジュレク(青シャツの人物)。単に有名人というだけでなく、彼の周りはいつも陽気な雰囲気が漂う。そして後ろのサングラス・ロングヘア―は通称トニーことアントン・クルピチカ。破天荒な言動やいで立ちから誤解されることが多いがピュアな人柄でとても好感が持てる選手です。
ハードロック100はウエスタンステイツ100と並びアメリカのトレイルランニング界の二大祭的な舞台。アメリカ中から多くのキーマンが集結する。
写真:2つ目の峠越え。標高は4000m近く、比較的緩斜面の道づけだが
トレイルは脆く、低酸素でとにかく体が動かず走れない。レース全体に言えることだが、高地のせいかい常に体が重怠く不調と感じるが、この「見せかけの不調」をどうとらえるかがこのレースの鍵となる。
写真:2つ目の峠越え完了。
写真:2つ目の峠から次の越えるべき山並みが見える。
思った以上に道のりが長いことに軽いショックを受ける。
あの山稜線の先に最初にサポートスタッフと会えるテルユライドの町がある。
写真:コース中に何度となく現れる渡渉ポイント。その都度、太腿まで冷水をかけてアイシング効果を狙う。ゴンテックテーピングはどんなに濡れても最後まで剥がれることなくしっかりと脚を守ってくれた。
写真:エイドステイションのボランティアの皆さん。どなたもトレイルランナー心をわかっているのか、とてもフレンドリーに対応してくれます。
写真:アイランドレイク(約25km)で先頭を引くジュリアン・ショリエ(左:フランス)とキリアン・ジョルネ。キリアンのこの笑みは彼が別格のランナーであることを雄弁に示す。ちなみにジュリアンは第一回UTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)の優勝者。
写真:45km地点のテルユライドのエイドステイションに入る私。序盤にも拘わらず実はそれなりに疲労感を感じ、しかもトップのキリアンからも思った以上に離れていることを知り、心理的には落ち込んでいた。
写真:スタッフが用意してくれた装備と食料。レースでは何がおこるかわからないので、万が一に備えて、予備のウェアー、シューズをたくさん用意します。
写真:4つ目の峠越えエンジニアス峠の私。二つ前の険しい表情の写真と比べて欲しい。100マイルレースでは心理的・肉体的なアップダウンが何度もやってくる。この峠越えの時には気分はかなりハイテンションでした。
写真:間違いなく世界最高所のエイドステイション、エンジニアスパスのエイド(標高約3900m)。このエイドでボランティアからウォッカの差し入れ。高地のせいかこの酒が妙に効きました。
写真:エンジニアス峠からの滑降ポイント。私の左肩の雪上に「ありがとう!また来てね」とのメッセージが。思わず笑ってしまいました。アメリカのレースらしい光景です。脚の疲労も大きかったのでこの雪の斜面は尻セードで滑り下りました。
写真:ユーレイの街まで続く長い長いダート道。エンジニアス峠のトレイル出口から延々13kmほど続きます。ハードロックのレースでも心理的にきつい箇所かもしれません。この長く固い下りでかなり脚を消耗してしまい相当なダメージを負ってしまった。
写真:コース中間点のユーレイの町のエイドステイション。正直この時にはかなり疲労し厳しい状況。「あと半分以上」と思うとかなり精神的に落ち込んでしまった。この先で交代でペーサーを担ってくれるジャスティンさんとジョンさんの二人がエイドでサポート
写真:ユーレイのエイドをスタートし後半戦に向かう私。この時に既にベスト10入りしており、岩佐さんからトップからの選手名、タイム差を走りながら伝えてもらう。見えない相手を想像し、自分の残りの体力を分析し、最高のペースを割り出す。この駆け引きこそが100マイルレースの難しさであり、醍醐味でもある。
写真:70kmのユーレイから、約90kmのグラウスガルチのエイドまで白いシャツのジョンさんがペーサーとして私を伴走。右側の水色シャツの選手はジェフ・ブラウニー(アメリカ)。翌年のUTMFで3位。そして4年後のハードロックで優勝するなど、このレースからジャンプアップした。後半まくりのレーススタイルが似ていることから、この時も終始彼が私の前後に。筋肉の蓄えをエネルギーにするというさい独特の理論からハードなウエイトトレーニングを行うことでも有名な選手。私との上半身の筋肉の差にも注目して欲しい。
~3回目に続く~
《ミニテーピング講座》
「足首捻挫、下り疲労軽減、下り転倒防止テーピング」
最後に私がハードロックで使用したテーピング方法をご紹介します。
下りで転倒癖がある方はいらしゃるでしょうか。多くの場合、前脛骨筋(ふくらはぎの前面の筋肉)の疲労によりつま先を上げる力が失われ、思わずつま先を木の枝や岩に引っ掛けることから転倒につながるケースが大半ですので、このテープでだいぶ走りが変わって来ますよ。またこのテーピングは特に下りパートのふくらはぎの疲労軽減、足首捻挫の予防にも有用です。足場が安定していないトレイルランニングシーンではとりわけ効果あるテーピング法なので是非ともマスターして欲しいです。
レースの時はロングソックスを履いているのでテープが見えませんが、実はこんなテープを貼って走っています。
その➀ 前脛骨筋へのテープ
足首を直角にし、足裏にテープをかけ、くるぶしをおおうイメージです。
テープは伸ばさずに、膝の外側にある骨の盛り上がり(腓骨頭)まで貼ります。
その② 下腿前面テープ
土踏まずからスタートし、足首をまっすぐに伸ばし、テープは伸ばさずに
腓骨のきわに沿わせて貼ります。
文中のハードロック100のストーリーは
DVD「RUN LIKE THE WIND」に映像化されていますので是非ご覧ください!