Home / インフォメーション / 【鏑木毅コラム全12回、其の3】トレイルランナー鏑木毅×GONTEXテーピング

 

2020年 6月 15日

『ハードロック100』 ~前編~

プロトレイルランナー 鏑木 毅

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皆さんお元気でしょうか。緊急事態宣言が解除となり少しずつですが世の中も日常を取り戻しつつある感じですね。登山の自粛もあり未だに山は行けていませんが、また大自然のなかを駆け抜ける日を心待ちにしながら自宅近くのロードや坂で走力維持に努めています。

 さて、今回は2014年私が45歳の時に出場したハードロック100というレースのことを書きたいと思います。このレースは今まで数多くの挑戦のなかでも最も多くのハプニングがあり、良くも悪くも記憶に残るレースです。
このレースは毎年7月中旬にアメリカ・コロラド州のロッキー山脈のなかのサンフォアン山脈の4000mを越える山々を舞台に開催される100マイルレースです。息を飲むような山岳景観が売りの世界屈指の人気大会です。
この山域はとりわけ高地帯であるため年間を通して雪に閉ざされています。
雪が解け、高山植物が咲き誇る草地帯に薄くついたトレイルを辿ることができるのは年間を通してほんの僅かな期間のみです。この短い夏の間隙をついて開催されるのがこの大会。とは言えコース途中には溶け残った雪上のトレイルや雪の上を滑り台のように滑降する区間があるなど、他の大会にはない魅力に富んでいます。

標高2700mのシルバートンという町がスタート、ゴール地となるこの大会。
トレイルランニングの世界最高峰の大会はモンブランを一周巡るUTMBですが、ハードロックは世界一の憧れの大会とも呼ばれています。
その理由は息を飲むような美しい山岳景観とともに一年にたった150名しか走れないという狭き門のレースというのもあると思います。

このレースはスロット制という「くじ引き」で出場者が決まり、このくじはトップ選手だろうが一般選手だろうが機会は平等で、どんなに実績を積んだ選手でも例外はありません。ですからトップ選手も含めて多くの選手が5年以上の長期計画でこのあこがれの舞台を目指します。チャンスは平等にあるというアメリカらしい制度ですね。

私は何と一回目にして運よくエントリーが叶いました。人生において大概この手の運は良くないのですが・・・後から考えればこれもレース中の多くのハプニングの予兆だったのかもしれません。
この私が出場した2014年大会はトレイルランニング界の不敗神話を持つ第一人者キリアン・ジョルネ(スペイン)ほか当時の世界最高レベルの選手たちがこぞってエントリーするなど、まるで世界選手権のような大会史上最もレベル高いものとなりました。

このレースの最大の「鍵」は高地順応です。
私は10日間ほど前に現地入りして万全を期したつもりだったのですが、多くのトップ選手は既に現地入りしており「鏑木さんは今頃入ったの」と言われるなどかなり焦りました。
トップ選手のなかには2ヶ月まえから現地入りする選手もおり、このレースにかける思いを感じます。
このレースを目指す方には是非とも、半年くらい前からの定期的な低酸素室などの施設での高地順化のトレーニングを強くお勧めします。スタート地点のシルバートンは標高2700m(これは富士山と7合目と同じ高さ)で、コース中で最も低いユーレイという街でさえ標高2500mほどあります。レース中はアベレージで3500m~3800mくらいの山地帯を進み、途中で標高4000mピークを7つも越えるなど、日本人には考えられないようなクレイジーなレースです。

私はシルバートンに近いスキーリゾートに宿泊しましたが、国内で念入りに低酸素トレーニングを実施してきたはずなのに、生活しているだけで何とも息苦しい感じで、正直レースが不安でなりませんでした。

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写真:この美しい景観の中を走れるのが最大の魅力です。見渡す山々は4000m級。コース中のほとんどが森林限界を越えた山地帯のため壮大な眺めですが、天候が荒れた時にはこれが大きなリスクに・・レース前にはそんなことつゆも思いませんでしたが・・・。

 

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写真:一見、日本アルプスのように見えますが、日本のフィールドよりも地勢的に緩斜面で低酸素さえ気にならなければ(笑)、トレイルランにはうってつけのフィールドです。

 

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写真:スタート・ゴールの地、シルバートンの街並み。ロッキー山脈のまっただなかにあるかわいらしい町。UTMBのシャモニと同様に世界中のトレイルランナーには憧れの地でもあります。
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写真:シルバートンは観光が産業の中心。その名のとおりかつては銀鉱山で栄え、町には西部劇に出て来そうな風景がたくさんあり心躍ります。
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写真:シルバートンの町の中心に据えられたハードロックの石。サンフォアン山脈の難コースを越えてきた猛者だけがこの石にキスすることができる。
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写真:コース中間地点のユーレイの街並み。コース中最も標高が低いこの町でも標高2500m。富士山五合目くらいの標高。
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写真:高地順化を兼ねレース10日前から、シルバートンに近い標高2700mのスキーリゾート地に宿泊。アパートの一室でサポートスタッフの岩佐氏と綿密な打ち合わせ。この打ち合わせの精度の高さが、レースの結果を左右するだけに、この時間は二人にとって真剣勝負の場でもある。

 

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写真:何度もレースをイメージし割り出したレーススケジュール。
本番でも中間くらいまではこのスケジュールに沿った順調なものだったが、後半に襲ってきた2つのアクシデントで様相は一変した。
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写真:義弟といっても良いほどに仲がいいセバスチャン・セニョ―(フランス)。世界3位となった2009UTMBではレース最終版まで2位争いをし、そのあと無二の親友となった。彼は前年大会の優勝者でもあり、2連覇を目指し1ケ月以上前から現地入りしたが、今回は彼にも大きなハプニングが待っていた。

 

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写真:レース前日のメディカルチェック。スタッフはみな親切で、私の拙い英語にも優しく耳を傾け丁寧に対応してくれた。大会を目指す人は国籍を問わず仲間という意識がアメリカのトレイルランニングのカルチャーに底流にある気がします。
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写真:ご存じこの人、キリアン・ジョルネ(スペイン)も出場。私の全盛期にはどんなに結果を残してもいつでも彼が私の上にいた。
「キリアンに勝つ」これが私の密かな夢だった。でも話すと純朴ないいヤツです。
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写真:レース前にシルバートンの学校で行われたブリーフィング。
ヨーロッパの大規模大会のような演出もなく、実にざっくばらんな感じで、いかにもアメリカらしいいい雰囲気です。
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写真:さぁいよいよレース本番の朝。最後のコールを受けてスタートラインへ。
驚くべきことに、スタート直前まで出走しない選手がでることを見込んで、会場で出走順を待つべく待機している選手がいます。ハードロックを走るということは本当に貴重な経験なのです。

このハードロックに向けての私の戦略は、まずは無事に完走を果たすこと。とにかく全力を出し悔いのないレースができればそれど良いと考えていましたが、内心これだけ強豪選手が集結するなかベスト10入りできれば今後の大きな自信になるだろうと考えていました。もちろんもっと上を目指すプランも考えていましたが、なんせこの強豪メンバーの上に、私がオンサイト(初めてトライ)なのに比べ彼らは既に何回かハードロックを経験しているだけに、かなり難しいレースになることは容易に予見できました。

また、このレースでは「RUN LIKE THE WIND」という映像プロジェクトで日本から撮影チームが同行するなど、別な意味でのプレッシャーもありました。
40歳でプロトレイルランナーとして独立して以来、テレビやメディアに注目される中で闘ってきました。一度たりとも気楽に走れるレースなどなく、毎回胃が痛むようなプレッシャーとストレスを抱えて来ました。
ただでさえ苦しい100マイルトレイルレースで、このような重圧の中で闘うのは考えてみれば苦行以外のなにものでもありませんが、こう思ってしまっては心は塞ぎこんでしまい、完走すらままならいでしょう。大切なことはこの重圧を「楽しむ心」です。
人生において苦しいとしか思えないことも、考え方を別な方向からすればまんざらでもないことに思える。例えばこの状況も、まだトレイルランが全く注目されない時の私は「どうしてこれだけ頑張ってもだれも認めてくれないのだろう」とずっと辛い思いをしていたことを考えれば、これだけの人々やメディアに注目されるなんて夢のようなことじゃないか。別に走れなくっても命を取られるわけじゃなんだから、この重圧はごく限られた人間しか味わうことができない貴重なもの。であれば思いっきり楽しもうと思え、レースに向けてどんどん心が前向きになってゆくのです。さぁいよいよレースへ

~後編に続く~

文中にも出てきた「RUN LIKE THE WIND」。是非ご覧ください!

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このコラムに参加いただいているすべての選手に感謝いたします。
イイね/RTなど拡散ご協力いただければ幸いです。
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